歴史

交通広告の歴史

交通広告の歴史

明治5年、東京の新橋・横浜間に鉄道が開通し、交通網の充実に反映して人々の行動範囲の拡大・移動時間が大幅に短縮されるなど、
生活スタイルに大きな変革をもたらしました。

明治11年には、乗り物酔止薬「鎮嘔丹」が初の広告として掲出が許可され(鉄道広告第1号)、
中吊り広告(中づり広告)などの車内広告、駅ポスターなどの駅広告が次々と誕生してきました。

近年は駅の機能が乗降だけでなく商業施設を兼ねたりと、鉄道の利用形態も様々に進化し、
より大型で訴求力の強い駅メディアの開発が続いています。

電車内では、交通広告誕生以来、紙媒体が車内広告の中心となっていましたが、
JRのトレインチャンネルをはじめとする車内映像媒体が登場し広告主からの人気を集めています。

また、交通広告と他メディアの融合による新しい展開も実現しており、
平成18年には駅広告とモバイル(IT)を融合したスイポが開始されるなど、交通広告は将来に向けてますますの発展が期待されております。

交通広告の歴史年表

概要
明治5年 新橋・横浜間に鉄道開通。ついで鉄道馬車等の交通機関を利用する人が増加。
明治11年 乗り物酔止薬「鎮嘔丹」が初の車内広告掲出許可。(鉄道広告第1号)
明治18年 馬車鉄道、車内広告を開始。(中吊り広告(中づり広告)のはしり)
明治23年頃 中吊り広告(中づり広告)盛んになる。新橋・上野の待合室に広告が設置される。
明治39年 「鉄道国有法」発布。10月から17の私鉄が国有化。
明治43年 国鉄、額面器物広告開始。(屑入れ、ベンチなどの広告)
明治44年 国鉄、有料広告を開始。(大正12年中止し業務用のみ掲出。昭和2年に復活)
大正3年 東京駅開業。
私鉄各線が営業を開始。車内広告、駅広告等が開始される。
大正14年 バスの車体広告開始。
昭和2年 国鉄広告正式にスタート。(「国有鉄道広告取扱規定」制定)
日本初の地下鉄開通(浅草・上野間)。車内・駅広告開始。
昭和16年 帝都高速度交通営団発足。
昭和17年 戦争熾烈化により、国鉄有料広告を中止。
昭和21年 国鉄有料広告復活。
昭和34年 中央線で交通広告効果測定実施。(中吊り広告(中づり広告)・額面広告)
昭和35年 ローマオリンピック関連で、国電全車両片面1社集中掲出。
ワイド掲出始まる。
週刊誌が中吊り広告(中づり広告)の主要広告主に。
昭和39年 東海道新幹線開業。東京オリンピック開催。
昭和53年 国電ステッカー広告開始。
昭和56年 関東交通広告協会設立。
この頃、駅ばりが活況を呈し、セットが次々と登場する。
昭和59年 アドパック第1号実施。(東京駅)
国鉄駅ポスターに「パノラマセット」新設。
昭和60年 山手線新車導入に伴い「新B額面」登場。
昭和62年 国鉄の分割民営化実施。JR7社に。
昭和63年 交通広告の広告費、ラジオを抜く。
平成17年 トレインチャンネル本格販売開始。
山手線車体広告開始。
JR東日本の駅構内に商業施設「エキュート(ecute)」が開業。
平成18年 東京メトロの駅構内に商業施設「エチカ(Echika)」が開業。
スイポ(駅メディアとモバイルの融合)開始。